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〒891-0141 鹿児島市谷山中央

中's ギャラリーgallery 2012年夏〜2012年冬掲載


 2010年夏の海外旅行で撮影した風景写真が中心です。
2010年夏は、サンフランシスコ、ドイツ ライン川、マルタ島、アフリカ南部、パリ近郊を観光しました。その時の風景写真を順次掲載します。
    

2013.1.5掲載  フランス イル・ド・フランス ベルサイユ宮殿 アポロンの泉から見た宮殿

 2010.9.25撮影
 フランス共和国 イル・ド・フランス ベルサイユ宮殿 アポロンの泉から見た宮殿 ベルサイユ宮殿のすばらしさは、建物だけでなくそれを取り巻く広大な庭園にあります。特に庭園のあちこちに点在する噴水は300年前の技術(数ヶ所の大貯水池から全長30kmの配管を通してサイホン式に送られてきた水の圧力を利用)で今も水しぶきを上げている。残念ながら常時見ることはできないようで、大噴水際として限られた日の限られた時間に水と音楽のスペクタクルを楽しむことができる。この日にあわせて訪問できたため、我々も楽しむことができました。

    

2013.1.1掲載  フランス イル・ド・フランス ベルサイユ宮殿 鏡の回廊

 2010.9.25撮影
 フランス共和国 イル・ド・フランス ベルサイユ宮殿 鏡の回廊 フランスの最も輝かしい時代を象徴するものとして、大多数の人が名を上げるのはベルサイユ宮殿です。その中でも最も壮麗な空間と言えば、鏡の回廊(Galerie des Glaces)、長さ73m、幅10m、高さ12.5mの大ギャラリーで、当時極めて高価だった鏡が17枚も使用されている。我々が訪れたのが丁度土曜日だったため、開園前から多くの観光客で長蛇の列ができていましたが、入場後、一目散で鏡の回廊を目指すことで、多くの人に邪魔されることもなく回廊本来の姿を撮影することができました。なお、この後我々は運よく飛ばした場所も見ることができましたが、当然のことながら、飛ばした場所を見ようと順路を逆走すると警備員さんに止められますのでご注意ください。

    

2012.12.29掲載  フランス イル・ド・フランス ロワールの古城 シャンボール城

 2010.9.24撮影
 フランス共和国 イル・ド・フランス ロワールの古城 シャンボール城 ロワール地方最大の規模を持つお城。フランソワ1世により16世紀初頭25年の歳月をかけて建てられた。幅156m、高さ56m、部屋数は426もあり、空に向かって伸びている尖塔はすべて暖炉の煙突で282本もあるとのこと、しかし、広すぎて282の暖炉をもってしても城全体を暖めることはできなかったそうです。この城でとくに有名なのはレオナルド・ダ・ビンチが考案したとされる二重らせん階段(上がる人と下る人がすれ違わずに昇降できる)で、観光客はからくりに納得しながら楽しんでいました。とにかく広さと塔の数には驚かされたお城でした。

    

2012.12.22掲載  フランス イル・ド・フランス ロワールの古城 シュヴェルニー城

 2010.9.24撮影
 フランス共和国 イル・ド・フランス ロワールの古城 シュヴェルニー城 左右対称で端正な姿をもつロワール屈指の優美な城。1634年にシュヴェルニー伯爵によって建造されてから同一家計が今も住んでいるプライベート城で、狩猟の好きな家系らしく70頭以上の猟犬が飼われ、2000頭もの鹿の角のコレクションが飾られている。猟犬は見ることができたが、残念ながらコレクションのある狩猟展示室は探すことができなかった。城自体はあまり大きくないが人間のぬくもりが感じられる城でした。

    

2012.12.15掲載  フランス イル・ド・フランス ロワールの古城 アンボワーズ城とロワール川

 2010.9.24撮影
 フランス共和国 イル・ド・フランス ロワールの古城 アンボワーズ城とロワール川 ロワール川のほとりの高台にそびえるお城。テラスから見えるロワール川の眺めは一見の価値あり。要塞が築かれていた場所に15世紀末シャルル8世がルネッサンスの粋を集めて華麗な宮殿にしたものとのこと。最盛期はフランソワ1世の時代で芸術家のレオナルド・ダ・ヴィンチも招かれて生活していたらしく、敷地内のサンテュベール礼拝堂には墓があった。ロワールの古城めぐりのメインコースからは外れているようで、訪れる人もさほど多くなくのんびりと観光することができる。

    

2012.12.8掲載  フランス イル・ド・フランス ロワールの古城 シュノンソー城

 2010.9.24撮影
 フランス共和国 イル・ド・フランス ロワールの古城 シュノンソー城 ロワール川の支流、シェール川をまたぐように建っている姿は川に浮かぶ船を思わせるロマンテックな美しさがあります。16世紀の創建以来、代々の城主が女性だったため、「6人の女の城」とも呼ばれているとのこと。女性の館らしく、大きなお城でも豪華な内装でもなく、可憐な感じのお城でした。

    

2012.12.2掲載  フランス パリ モンパルナス・タワーから見た北側の風景 ルーブル美術館とモンマルトルの丘のサクレクール聖堂他

 2010.9.23撮影
 フランス共和国 パリ モンパルナス・タワーから見た風景 北側にはルーブル美術館とモンマルトルの丘に立つサクレクール聖堂が良く見えていました。
 モンパルナス・タワーは210mのビルでその最上階と屋上が展望台になっており、パリ市内の街を望むことが出来る。パリはさほど高い建物がないため、遠くまで見通すことができる。ほとんどの有名所は気づきましたが、凱旋門だけは気づくことができず、アップの写真を撮ることができませんでした。(後で写真を拡大したら、写真にはちゃんと写ってはいました)

    

2012.11.24掲載  フランス モン・サン・ミッシェル 修道院の夜景

 2010.9.22撮影
 フランス共和国 モン・サン・ミッシェル 修道院の夜景 南アフリカからヨーロッパに戻りフランスのパリ近郊を訪れました。第一弾はモン・サン・ミッシェルです。予約していたTGVが車両故障か何かで途中で引き返し、車両を変更してレンヌに向かったため、レンヌからのバスがなく、モン・サン・ミッシェルに最も近い駅からタクシーで行き、やっと到着することができました。この日は夜20:00前が満潮ということで、堤防の上からしか撮影出来ませんでした。
 帰りは予約したバスに乗れましたが客の多くが日本人で、人気の高さにちょっと驚いてしまいました。

    

2012.11.18掲載  南アフリカ ケープタウン ウォーターフロントから見たテーブル・マウンテン

 2010.9.20撮影
 南アフリカ共和国 ケープタウン ウォーターフロントから見たテーブル・マウンテン  ケープ半島を巡ってケープタウンに戻ってきた後、時間があればテーブル・マウンテンにも行きたいと思っていたが、時間が足りず訪れることはできなかった。それを見越してか、テーブル・マウンテンは厚いテーブルクロス(雲)に覆われており、諦めやすくしてくれていました。ちなみに、テーブル・マウンテンは雲がかかっている事が多く、雲がかかっていないようならば予定を変更しても挑戦すべきとガイドブックに書いてありました。天気が良ければ、ケープポイントまで眺められるとのことです。

    

2012.11.11掲載  南アフリカ ケープポイントと喜望峰

 2010.9.20撮影
 南アフリカ共和国 ケープポイントと喜望峰 ケープ半島の突端部分は喜望峰自然保護区となっており、その中に喜望峰はある。しかし、ここはほとんど開発されておらず、海辺に喜望峰の看板があるだけの場所である。その東側に続く絶壁の岩山の先にケープ・ポイントと呼ばれる場所があり、灯台が崖っぷちに立っている。昔の灯台はそこより500m程内陸の小高い山の上にあり、この場所がルック・オウト・ポイントと呼ばれ、現在は展望台になっておりケーブルカーで近くまで行くことができる。現在の灯台を見るためには徒歩で崖伝いに向かう必要があるが、遊歩道ができており、自然を楽しむと同時に地球の丸さを実感しながら歩くことができる。しかし、ここまで歩を進める人は少なく意外な感じがした。

    

2012.11.4掲載  南アフリカ ボルダーズ・ビーチのケープ・ペンギン

 2010.9.20撮影
 南アフリカ共和国 ケープ半島東側 ボルダーズ・ビーチのケープ・ペンギン ケープ半島東側にある小さなビーチだが、ここには多くのケープ・ペンギン(泣き声がロバに似ているのでジャッカス・ペンギンとも呼ばれているとのこと)が生息している。ケープ・ペンギンの子供は灰色の毛で覆われているが、身体は大人のペンギンより大きく見えるため、一瞬異なる種類のペンギンが居るのかと思ってしまう程である。ビーチ内は板で作られた散策路が整備されており砂地を歩くこともなく、ペンギンのねぐら(巣?)にも近づくことができるため、散策しやすくなっている。(右側の写真は左側の写真の岩山のペンギンを望遠で撮影したものです)

    

2012.10.28掲載  南アフリカ ドイカー島のオットセイ

 2010.9.20撮影
 南アフリカ共和国 ケープ半島西側 ドイカー島のオットセイ ケープ半島西側にあるハウト湾の沖合いに浮かぶ無人島ドイカー島はオットセイの楽園になっていました。ハウト湾の港町ハウトから観光船で沖合い10分程の所にあり、島全体をオットセイが覆いつくしているような感じで所狭しに波打ち際にはオットセイが群れていました。別名シール・アイランド(Seal island)とも言われているのがうなづけます。観光船は島には上陸できませんが周囲をゆっくりと周回してくれるので、それなりに観察することはできます。ただし、島にはさほど近づかないため、間近で撮影というわけにはいきません。おまけに、船は結構揺れるため、望遠等での撮影もさらに難しい状況でした。

    

2012.10.20掲載  ザンビア/ジンバブエ国境 ビクトリアの滝

 2010.9.19撮影
 ザンビア/ジンバブエ国境 ビクトリアの滝 東西1.7kmにも及ぶ滝をこの日はヘリコプターに乗って上空から眺めました。乾季とは言え、中央部には水煙を上げながら数百mにも及ぶ滝があり、左右にはそれぞれ趣の異なる滝を従えており、スケールの大きさを感じることができました。地上から見るのとは異なり、全貌をつかむことができるため、一見の価値があります。

    

2012.10.13掲載  ボツアナ共和国 チョベ国立公園

 2010.9.18撮影
 ボツアナ チョベ国立公園 ビクトリア・フォールズからの日帰りツアーで国境を車で越えて訪問しました。午後はゲーム・ドライブでチョベ国立公園内を散策しました。ここでは午前に引き続き多くのゾウを見ることができました。その他にはサイやインパラ、イノシシ、イボイノシシ、キリンを見ることができました。残念ながらライオンやヒョウ、シマウマには遭遇することができませんでした。それにしても自然の雄大さにはただ飽きれるばかりでした。

    

2012.10.6掲載  ボツアナ共和国 チョベ国立公園

 2010.9.18撮影
 ボツアナ チョベ国立公園 ビクトリア・フォールズからの日帰りツアーで国境を車で越えて訪問しました。午前中はボート・クルーズでチョベ川から周辺に生息するゾウやカバ、ワニ、鳥類などの野生動物を観察し、同時に自然の大きさを味わいました。観光で訪れる人も結構いましたが、自然の大きさの中では目立ちませんでした。また、この地はゾウの生息密度は世界一とのことでしたが、期待にたがわず多くのゾウの群れを観察することができました。

    

2012.9.30掲載  ジンバブエ共和国/ザンビア共和国国境 ビクトリアの滝

 2010.9.17撮影
 ジンバブエ/ザンビア国境 ビクトリアの滝 ビクトリアの滝は言わずもがな、北米のナイアガラの滝、南米のイグアスの滝とともに世界三大瀑布のひとつである。最大幅約1.7km、最高落差100m、流れ落ちる水量は500Ml(5億リットル)であり、「モン・オア・トゥンヤ(雷鳴のとどろく水煙)」と呼ばれるのも、この写真を見ていただけば納得してもらえると思います。渇水期で水量は少なかったのですが、それでも夕闇せまる時間と逆光と相まって今にも雷鳴がとどろきそうでした。

    

2012.9.23掲載  ドイツ連邦共和国 ケルン ケルン大聖堂とライン川

 2010.9.16撮影
 ドイツ連邦共和国 ケルン ケルン大聖堂とライン川 ケルン大聖堂はもっとも古い聖堂として知られ、現在の建物は3代目である。ゴシック建築の粋を集めて造られたが、途中財政難等もあり竣工から600年以上もの歳月を重ねてできたものである。ケルン大聖堂の双塔の高さは157mで、完成当時は人口建造物としてピラミッドを抜いて世界最高の高さを誇り、ゴシック建築としては現在でも世界最大級とのことです。訪れたのが夕方で、天気ももうひとつだったため、写真としてはうまく撮影できていませんが、その重厚さは威厳を感じさせてくれました。ライン川越しの写真を撮るために、鉄橋脇の橋を渡ってきましたが、鉄橋側の柵には沢山のいろいろな鍵がかけられており、恋人たちが願掛けする場所になっていました。
 ※ケルンのドイツ語読みはコロン。もともとはラテン語の"Colonia"が語源、これは英語の"colony"のことで「植民地」の意味。つまり、ローマ帝国の植民市を意味しているとのことです。また、香水のコロンはケルンを意味しているそうです(フランス語でオー・デ・コロン=ケルンの水)。
 ★撮影日を1日間違えていましたので訂正しました(2010.9.17−>2010.9.16)

    

2012.9.15掲載  マルタ共和国 首都ヴァレッタ イベラス半島先端(ローアー・バラッカ・ガーデン/聖エルモ砦)

 2010.9.16撮影
 マルタ共和国 首都ヴァレッタ バスターミナル中央のトリトンの噴水 マルタ共和国の交通はバスが中心である。バスは欧州で以前使われていたクラシックなスタイルのものが走っていた。その独特の配色とスタイルが印象深さをもたらしてくれます。残念ながら、昨年、このクラシックスタイルのバスは新しいバスに取って代わられたようです。バスターミナルはシティ・ゲートの前にあり、ここから島全体に路線が張り巡らされている。

    

2012.9.8掲載  マルタ共和国 首都ヴァレッタ イベラス半島先端(ローアー・バラッカ・ガーデン/聖エルモ砦)

 2010.9.15撮影
 マルタ共和国 首都ヴァレッタ イベラス半島先端(ローアー・バラッカ・ガーデン/聖エルモ砦) マルタ共和国の首都ヴァレッタは1565年のトルコ軍によるマルタ攻略「大包囲戦」を打ち破った聖ヨハネ騎士団長ジャン・パリン・ドゥ・ラ・ヴァレットによって築かれたシベラス半島先端部の要塞都市が元になっている。要塞都市はマルタ・ストーンと呼ばれる特産の蜂蜜色の石灰岩でできた建物が多く存在し、堅牢な堡塁と城壁で周囲を囲まれており、昔ながらの景観をとどめている。半島の最先端にある聖エルモ砦は15世紀から軍事戦略上の重要防衛拠点になっていたとのこと、空から見ると位置関係が良くわかり納得できました。手前にあるカスティーリャ堡塁の一角を占める公園はローアー・バラッカ・ガーデンと呼ばれ、1799年のナポレオン率いるヒュランス軍撤退に功績があり、初代の英国マルタ総督であったアレクサンダー・ボール卿に捧げられた新古典様式の神殿を中心に配したものであり、眺望を楽しむことができる。

    

2012.9.1掲載  マルタ共和国 マルタ本島南端 青の洞門(ブルー・グロット)

 2010.9.15撮影
 マルタ共和国 マルタ本島南端 青の洞門(ブルー・グロット) マルタ本島の南端岬の突端 イムナイドラとハジャー・イム神殿の東南の海岸の岬の突端にあり、陸続きの高い岩礁が年月をかけて波と風でえぐられ自然の大きなアーチを描いている。周囲の美しい青い海との景観で青の洞門と呼ばれている。
 海岸線まで下っていくと洞窟めぐりのボートがあり、数人の客が集まると出航し、約30分ほどの遊覧をしてくれる。ちょうど我々が訪れた時は、雲行きが少し危うくなり、遊覧している時は晴れ間も影をひそめてしまいました。そのたためかわかりませんが、海上から見た海は思っていた(カプリ島の青の洞窟)ほどの青さではなく、ちょっとがっかりしました。おまけに、天気が悪くなるので、今日はこれで終わりとのことで、我々の遊覧が終わるとボートを海から引き上げていました。運が良かったのか悪かったのか、よくわからない結果でした。

    

2012.8.26掲載  マルタ共和国 マルタ本島南端 ハジャー・イム神殿

 2010.9.15撮影
 マルタ共和国 マルタ本島南端 ハジャー・イム神殿 マルタ本島の南端の海を望める場所に、約500m程離れて紀元前3600〜2500年に建てられた2つの神殿がある。それがハジャー・イム神殿とイムナイドラ神殿である。ハジャー・イムとは「聖なる石」、「崇拝の石」という意味で巨石を縦横に積み重ねた建築技術の不思議を実感することができる。中には頭部のない5つ豊満な裸身像やらせん模様が描かれた祭壇などが発見されたとのことである。人間の大昔からの信仰心というものを改めて実感させられた。
 ここに行くためのバスは1時間に1本程度しかなく、不便な場所であるが、ハジャー・イム神殿のある草原から見渡せる場所にイムナイドラ神殿があり、そこへ続く緩やかな下り坂や野生のフェンネルの咲く草原、そこから望める青く輝く地中海の取り合わせは、それらを忘れさせる程、実に印象深いものであった。

    

2012.8.18掲載  マルタ共和国 城壁の町 イムディーナ

 2010.9.14撮影
 マルタ共和国 城壁の町 イムディーナ マルタ共和国は地中海に浮かぶ小さな島国でシチリア島の南に位置し、入り組んだ入江をもつ5つの島からなり、昔から地中海の要所として栄え、時代時代の顔を見せてくれる島である。イムディーナは首都ヴァレッタのあるマルタ本島の中央部にあり、まわりの平野を見守るかのように小高い丘の上にたたずむ町である。16世紀にはヴァレッタに先立って首都が置かれ、盛時には24もの貴族の館が建ち並んでいたとのこと。アラビア語で「城壁の町」というこの町は文字通り空掘と城壁に囲まれており、町の中はマルタ・ストーンの家々が迫り、狭い路地がくねくねとどこまでも続いていました。今は「オールド・タウン」と呼ばれ、さびしげに感じられるだけでなく、時が止まったような感じもあり「静寂の町」とも呼ばれているとのことで、思わず納得してしまいました。

2012.8.11掲載  ドイツ ライン河クルーズ ローレライ

 2010.9.13撮影
 ドイツ ライン河クルーズ ローレライ。ドイツ西南部をスイス国境からオランダまで貫流する全長1320kmの国際河川であるライン河、なかでもハイライトはリューデスハイムからコブレンツで、古城や城壁が次々と目の前に現れる雄大な眺めが続く。途中には船乗り達が美しい乙女の歌声に惑わされて、次々に河渦の中に命を落としていったという伝説の残る岩、「なじかは知らねど」の歌詞で始まる有名な歌の発祥地でもあるローレライがある。ライン河クルーズではローレライが近づくとローレライの歌が流れ雰囲気を盛り上げてくれていた。

2012.8.5掲載  アメリカ合衆国 サンフランシスコ ゴールデンゲートブリッジ

 2010.9.12撮影
 アメリカ合衆国 サンフランシスコ ゴールデンゲートブリッジは、太平洋とサンフランシスコ湾の境界に建造されたつり橋で全長2.7kmの長さがある。サンフランシスコのシンボルとして有名なだけでなく、道路としても重要な役割を担っている。
訪れた時はあいにくの曇天で青い空と海を背景にした赤い橋というわけにはいきませんでしたが、その雄大さは感じることができました。

2012.7.29掲載  アメリカ合衆国 サンフランシスコ アルカトラス島

 2010.9.11撮影
 アメリカ合衆国 サンフランシスコ アルカトラス島 知る人ぞ知っている脱出不可能な刑務所の島です。現在は刑務所としては使われていませんが、40年ほど前から観光客に公開されるようになり、20世紀前半の囚人達の状況やエピソードを堪能することができる。訪れたのは日曜日の午後でしたが、多くの観光客が約30分おきに出発するフェリーを待っていました。ガイドツアーを楽しんでいる途中で霧が出てきて、島が徐々に霧に覆われるという光景にも遭遇でき、ひと時をいろいろと楽しむことができました。