東ヨーロッパ旅行
〜ハプニングの顛末〜

友人からの要望もあり、番外編としてブダペスト空港でのハプニングの顛末を追記することにしました。

ブダペスト空港では各自が搭乗手続きを行いましたが、その際、大阪から参加していた母子(ホロッケーで民族衣装を着た女子とその母親)の席がリコンファームされておらず空席待ちの扱いにされてしまっていました。
#彼女達は今回の旅行を早くから申し込んでおり、旅行の日程が多少変更になったため、既に払い戻しを受けているとのことでした。

旅慣れた(?)、私の友人2人が席を譲ってあげることを提案しましたが、添乗員さんが会社の判断を仰いだ結果、添乗員さんと今回のハローツアーに現地参加になっていた友人1名が席を譲ることで、大阪の母子は無事予定通りの飛行機に乗ることができました。

その時の搭乗口の様子−−>
(添乗員さんが皆を送っています)


成田に到着すると、添乗員さんの豹柄のスーツケースだけは我々と同じ行動をとった様で、手荷物のターンテーブルを何回も回っていました。

後から教えてもらった話では、
友人は、当初の予定(ブダペスト−ウィーン−フランクフルト−成田(フランクフルト−成田はファーストクラスを利用))と異なり、ブダペストで3時間程度待たされたが15:00過ぎのフランクフルト行きの飛行機に乗ることができ、フランクフルト−成田は当初の予定通りで着くことができたようでした。
しかし、手荷物はウィーン経由になったため、フランクフルトで迷子になり、一騒動あったようでした(荷物が途中で紛失しないように、成田まで送ったのではなく、フライトごとで受け取るようにしていたため、逆にそれが災いしたようです)。

後日受け取った本人からのメールを引用すると、以下のように書いてありました。

「私は、ブタヘスト発15時何分かのフランクフルト行直行便に乗りました。あの便以降で一番早くフランクフルトに着くルフトハンザ航空の便です。ブタペストのラウンジで3時間ぐらい待ちました。荷物は降ろすのが間に合わず、皆さんが乗った飛行機にそのまま乗り、ウィーン経由でフランクフルトに行きました。私より3時間ぐらい先に到着。フランクフルト空港の荷物受取台でしばらく回転した後、どこかに保管された???   
私がフランクフルトに到着した時には、どこの回転台で回っていたかもわからず、フルトハンザ航空のクレームカウンターに行き、追跡を依頼しましたが、発見されませんでした(言葉が通じず、私が言っていることを理解してくれなかったのかもしれませんが、かなり適当なことを言っていたように感じました)。
仕方なく、ANAの搭乗手続きカウンターに行き、搭乗手続きをするとともに荷物の追跡を依頼しました。ANAの超美人の女性がいろいろと自ら捜索してくれ、約30分後に発見し、私が乗るANA成田行に荷物を載せたとわざわざラウンジまで連絡しに来てくれました。」

また、成田で大阪への戻りの便を待っていた大阪の母子の出迎えを受け、我々の無事帰国を知ったとのことでした。メールには、
「成田には14:20に到着しました。入国審査は、日本人用の列には誰も並んでいませんでしたが、外国人用は長蛇の列でした。
税関で、シャンデリアの別送品手続きも無事OKとなり、外に出たところ「××さん、××さん」と女性の声。前を見ても知っている人はいないのでそのまま行こうとしたら、またまた声がしました。ふと上を見たら、大阪の親子(本来なら、ウィーン行きに乗れなかった?)が、2階から叫んでいました。
2階に上がり、話をしたところ、皆さん無事にウィーンで乗り継ぎができ、親子は成田到着後、どこかに行き、成田に戻って食事を終えたところ、フランクフルトからの便が到着することを知って、2階からのぞいていたとのことでした。」と記載されていました。

なお、添乗員さんはコペンハーゲン経由で帰国したとのことですが、コペンハーゲンでは話を聞いていないとかで苦労したような感じとのことでした。英語が堪能だったので、我々がそのような状況に陥るよりは楽だったでしょうが・・・(一年後のスイス旅行で我々は同様の経験をするはめになったのですが、この顛末も掲載したいと思います)。

余談ですが今回の旅行では、友人が仕事の連絡のために用意していた携帯電話が本来の目的以外でおおいに役に立ったようでした。


先頭 前ページ 閉じる
番外 ページ